晴れて「入所」する
2001年9月5日(水曜日)、KTCに「入所」しました。中央道駒ヶ岳SAの近く、JR駒ヶ根駅からだとタクシーで15分くらいの標高800mほどのところ、
「林間学校」のたたずまいと言っても過言ではない緑豊かなとても環境のよい場所(<自分的には)にあります。
受付開始は12:30からでしたが、駒ヶ根YHのペアレントさんが送っていただいるとのことでありがたくお願いしてKTCには10:40ごろに到着しました。
「どうぞ2階に荷物を置いてください」と職員の方に言われましたのでありがたく荷物を置かせていただいて、何人かで中央道の駒ケ岳SAへ昼食を食べに行くことになりました。
KTCからは当てずっぽうで右上のほうに上がって、さらに当てずっぽうで「ここがSAの裏口?」
というところを入るとなんとかたどり着けました。(SAに裏口?から入ったのは初体験です^^;。)
すでに隊員候補生とおぼしき集団が何組か来ていました。明らかに一般の(?)お客さんと異なる格好でわかります。
自分はSAらしい値段設定に恐れをなして結局は2本で350円の伊那谷名物「けとばし手巻寿司」を食べてこれを昼食としました。
やはりおにぎりは80円でなければなりません(<ローソンに慣れてしまった人)。
部屋からの風景(2001/11に撮影)
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今日はテレビ局2社が入所式の際などに取材に入るとのことでしたが気にせずに部屋の鍵を受け取って、これから79日間の仮住まいとなる居室、514号室に入りました。
きれいと言えばきれい、殺風景と言えば殺風景な部屋で、おニューなビジネスホテルのシングルルームからトイレとバスとテレビを取り除いた感じで、
もったいないくらいの部屋です。もちろん机も完備ですし、クローゼットもちゃんと備え付けてあります。窓の外には森と池が見えました。
いい景色というほどのものではありませんが静かな風景です。
宿泊棟「コリドー」の3階入り口に他の(<と先に書いてしまいましょうか)荷物が山積みになっていました。
自分の荷物を探すのも兼ねて他の方の荷物を運ぶのを手伝ったりもしました。
昨日の朝一番に出しているはずなので届いていてもおかしくないはずなのですが見つかりませんでした。(結局なんとか当日中にゲトー^^;して間に合いました。)
制服(ブレザーの上着)や名札などをいただいたりの後、いよいよ入所式です。会場は「森のステージ」(通称「森ステ」)
とのことでしたがてっきり外にあるものだと思ったら中でした^^;。
「森の中のステージ」ではなくて「森の見えるステージ」という由来のようです。入所式のリハーサルの後、入所式本番です。
来賓のごあいさつや祝電の披露などもありましたが印象に残ったのは訓練所長からのごあいさつですが、この所長は隊員候補生を嫌っているのでは?
と思わせる厳しい内容でした。(内容は厳しかったですが訓練所長はいい方です。)
個人的にはおべんちゃらやら甘いことを言われるよりもこういう場では厳しいことを言っていただいたほうがいいなあと思うほうなので、あまり気にはなりませんでした。
夕食の際に職員の方からこのような注意がありました。「この食事もODA予算=税金ですので残さずに食べてください。残す方は箸をつける前に返してください。」
一同どよめき(?)ましたが、自分としてはODA予算だろうが税金だろうが食べ物を大切にすること自体がまずは大事だと思いました。・・・といいますか、
このような注意をしなければならない職員の方も大変だなあ・・・と思いました。
余談ですがKTCの食事はとてもおいしいそうですが(<他の訓練所はわかりませんが^^;)、噂によると特に男性隊員は任国での食生活が乱れがちなのでここにいるうちに太らせて
(<3kg太らせるのが目標らしいです。)出荷^^;しよう、そんな意図もあるようです。自分は5kg太りました。
こんなに快適そうな場所で訓練が受けられるというのはなんとも、なんとも。これが第一印象です。そして自分にとってはそれほど厳しい雰囲気でもなく、
なんとか79日間無事に乗り切れそう、これが第ニ印象でした。ただ、訓練所入所前に技術補完研修を受けられてお知り合いになっている方々の結束力がうらやましかったです。
なんとなーく壁を感じてしまいました。2次選考の技術面接でできないことはできないとはっきり言っておいたのに技術補完研修の対象にならなかったことが今でも不思議です。
入所後にはたくさんのオリエンテーション・健康診断などなどがあります。ここでそれらをご紹介します。
- オリエンテーション
読んで時のごとくのオリエンテーションです。職員の方の班(生活班・講座班など)や診療室などの関係各部署からのオリエンテーションです。特に説明は不要でしょう。
(<オリエンテーションなのですから・・・。)
- 自己紹介
09/08にありました。隊員候補生全員が自己紹介をします。持ち時間は1人1分間で、45秒経過時と1分経過時に鉄琴(?)での合図があります。
1分もありましたが「○○国派遣予定の△△です、よろしくお願いします。」だけでは当然終わりませんし許されません^^;。面白い話をする方、
ステージで歌う方などなど様々でしたが、個性的で話すのが上手な方々がやたらと多かったという印象でした。
ちなみに自分は「協力隊応募に際して、会社を辞めることよりもしばらく献血できなくなることについてを最後まで悩みました。」などと言ってみたところ、
ややウケだったようでちょっとうれしかったです。献血回数はあえてふれなかったのですが、後で自己紹介された献血好きな方から「何回されましたか?」
と聞かれてしまったので答えざるを得ませんでした^^;。(<ちなみに当時は献血手帳上323回(実回数200回)、翌日に324回目の献血の予定でした。)
この自己紹介のおかげで一部の隊員候補生から「けんけつくん」と呼ばれることになりました。
- 健康診断
自分は09/14に行きました。派遣国によって健康診断の日が異なりました。場所は昭和伊南総合病院です。視力・聴力・レントゲン・心電図・血液の各検査があります。
特に順番は決まっていませんので得意な順番でも苦手な順番でも好きな順番で受けることができました。空いている検査から受けるのが基本ですが・・・^^;。
自分はまずは視力検査へ行きました。「これでいいんですか?」と話しながら視力を測る看護婦さんは眼科ではなく整形外科の看護婦さんでした。
(<そういうことはしっかりチェックする・・・)。聴力・レントゲン・心電図とそつなくこなし(?)、いよいよ最大の山場の血液検査です。
「献血マニアが血を抜かれているところを一目見よう」と採血室の入り口には黒山の隊員候補生の人だかり(<弊社調べ・ちょっとオーバー)。
知る人ぞしる桃岩荘YHオリジナルTシャツ2000年モデル(<黒くて例の「ギンギンギラギラ」を踊っている絵がプリントされている)を見た看護婦さん曰く
「アフリカに派遣ですか?」。黒山の人だかりからの視線を浴びながらまず採血する腕を看護婦さんが決めます。右腕の献血の針跡を見て「反対にしよ」。
左腕を見て「こっちの(<2本見える血管のうち針跡のないほう)血管にしよ」。採血はスピッツ4本分のようですが1本目からいきなり出が悪かったです。ギャラリーからは
「抜きすぎて血がないんちゃうか?」とのツッコミも・・・。にぎにぎなしでにぎにぎしてみましたがやはり効果がありません。
1本目をあきらめて2本目・3本目・4本目のスピッツに先に採血をしたところまるで問題がなく、抜きすぎて血がないわけでなく1本目のスピッツに問題があったのでは、
ということで落ち着きました。決して抜きすぎではありません^^;。
この健康診断、かなーり厳しいです。自分もある項目で落とされてしまいました。落とされると再検査です。項目にもよりますが自分は楽しい語学の授業を何時間か休んで、
タクシー代はもちろん自腹で(<公用で訓練所から街へ出る車があれば乗せていただけますが)再検査を受けなければなりませんでした。
(再検査のときのネパールからの研修医の方にネパールでの再開を約束したのですが、任国外研修旅行で行くことができなくなりそうで残念です・・・。)
そのときの病院に支払う費用も自分で支払う必要があります(<健康保険証も必要です。)が所定の手続きをすることで共済会からいただけます。