初めての出張(タシガン & タシヤンツェ) [29th March-14th April 2002] Part3
1st Offical Trip to Trashigang & Trashi Yangtse Part3
- 5th April 2002(Fri) ■ 出張8日目
タシガンでのワークショップの最終日なのでせっかくなので昼休みに街をちょっと歩いてみました。するとローカルバスを見かけました。
ブータンの物流を担うと言っても過言ではないTATAトラックの荷台が客室(?)になっているワイルドなものです。後ろから乗り降りするのが一般的なようで乗車定員は
「乗れるだけ」、その代わり料金も激安らしいです。以前に Bhutan Post のウエブページで見たバス路線図や時刻表・料金のページで "38 SEATER TRUCK"とあるのを見て
「何だこれは?」と思ったものですが、トラックに本当に38「席」も座席があるのかは大いに疑問です。38「人」は軽く乗れそうですが・・・。
ローカルバス(1)
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ローカルバス(2)
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夜はパーティーにご招待いただきました。会場は泊まりたくても泊まれなかったゾンカックゲストハウスでした。東部の人は特にお酒を好むとも聞いていましたが、
にこやかについで回るだけで(しかもきついお酒ばかり)ほとんど飲んでいないずるい?職員もいました。ずるいぞぉ^^;。そんなことはどうでもいいことで、
本当に温かくもてなしていただき、本当にうれしかったです。そしてこの夜もブータン人のパーティらしく「輪になって踊って歌う」もありました(^^)。
- 6th April 2002(Sat) ■ 出張9日目
タシガンからタシヤンツェ(標高1,850m)への移動日でした。わずか45kmほど、2時間で移動できる距離なので朝はまたーりしてからの11:00ごろに出発しました。
1時間ほどで「地球の歩き方」で紹介されている数少ないタシヤンツェの見所のうちの1つ、ゴンコラ(Gom Kora)
を見学してからさらに1時間ほどでタシヤンツェに着いてしまいました。
「地球の歩き方」で紹介されているもう1つの見所のチョルテンコラ(Chorten Kora)を左手に見ながら坂を下ると店などが散在するタシヤンツェの市街地(?)、
そこを抜けてゾンのある丘を少し上るとその中腹にお宿となるタシヤンツェのゾンカックゲストハウスにたどりつきました。
13:30ごろに着きましたが食べる場所もない街(ほんの少しはありそうですが)ということでタシヤンツェ滞在中のすべての食事はゾンカックゲストハウスで
作っていただくことになっていました。さっそく昼食です。メニューはパクシャパ、ダル、カレー、赤米。おいしいです。ここで6泊7日、
全19食を食べることになるのですがここにいると体重増加間違いなしです。(ちなみに駒ヶ根訓練所入所当時は58kgだったのですが今では66kgにまで育ち(?)ました^^;。)
昼食後に街の中をローミング(Roaming=うろうろすること)しました。(ドライバーは二言目には"Roaming"と言ってきます。)
メインストリートがなく(<らしいものはありますが)あまり人の気配がありません。と思っていると学校ではサッカーの試合中でそこに人が集まっていました。
しばらくローミングしてからゲストハウスに戻ると停電となっていました。ろうそくの火のもとで19:30ごろに夕食を食べて、特にすることもなく20:30ごろに寝ました。
なんと健康的なのでしょう!
ゴンコラ(1)
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ゴンコラ(2)
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タシヤンツェゲート
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タシヤンツェゾン
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チョルテンコラ(1)
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チョルテンコラ(2)
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- 7th April 2002(Sun) ■ 出張10日目
タシヤンツェでのでの休日ですがすることがありません。まだ電気は復旧していませんでした。ブータンの建物の内部は暗いので朝食は外で食べました。
さわやか、さわやか(^^)。同じ宿に泊まっていたティンプーから出張で来たブータン人の政府職員の3人からトレッキングのお誘いをいただきました。
トレッキングに行けるようにと早めに昼食を食べましたが結局何か問題が起こると困るのでお誘いにはのれませんでした。
(<トレッキングには事前の許可が必要な場合があります。タシヤンツェは山を越えるとインドや中国といった土地柄なのでなおさらです。)
結局午後もそのあたりをローミングしました。まずはゲストハウスから獣道(<いや、人間も通っていますが・・・)を下って川にかかっている吊り橋へ行ってみました。
「なんでこんところに日本人が?」と言う表情で見られているのもあまり気にせずに吊り橋を往復しました。揺れる、揺れる・・・。まさに「ザイー・・・」です。
行く場所がなくなったので丘の上の病院まで歩くことにしました。かなり新しいなあと思っていると案の定、1999年にできたばかりの病院でした。
どこかに"Blood Bank"の文字はないかなと期待しましたがそれはなさそうでした^^;。
16:30ごろにゲストハウスに戻りましたがやはり電気は復旧していませんでした。明日からのワークショップは大丈夫かなあと思っていると18:00ごろにようやく復旧しました。
めでたし、めでたし。清潔なゲストハウスで食事もおいしいのですが電気がよく止まる&水もよく止まるで、
タシヤンツェでの1週間の滞在中にバケツ1杯のお湯で幸せを感じることができるようになりました。
タシヤンツェ市街地(1)
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タシヤンツェ市街地(2)
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タシヤンツェゾンカックゲストハウス
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吊り橋
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